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Vol.6は貸し出し中でした。なかなか順番通りにはいかないものです。


内容

1970年代、ロックは複雑化、巨大化、商業化の道を進んでいました。

そんな状況に嫌気が差していた一部の若者は、

もっとシンプルで情熱的なロックの原点への回帰を試みます。

その先駆けがモダン・ラバーズです。

60年代に流行したガレージ(車庫)・バンドに影響を受けた

パティ・スミスもその一人。


やがてそういったミュージシャン達が、ニューヨークにあるCGBGというライブハウスに集まります。

ラモーンズ、ブロンディ、トーキング・ヘッズ。

彼(彼女)らの演奏は決して上手いものではなかったのですが、

退屈な日常や世の中への不満をストレートに現し、情熱的に歌い、演奏します。

そして彼(彼女)らのそんな音楽はいつしかパンクと呼ばれるようになっていきます。


そんなパンクバンドに対してアメリカのメディアは最初は冷淡でした。

彼らは異質なものとして1975年頃まではラジオ局やテレビに敬遠されます。


アメリカの社会では受け入れられないパンクは、海を越えてイギリスに渡ります。

パンクの魅力に惹きつけられたイギリスのパンクバンド達の演奏はやがて、

アメリカにはない攻撃性と過激さを帯び始めます。


その代表格がセックス・ピストルズ。

しかし、メディアは彼らの音楽には目を向けず、過激な言動ばかりを取り上げ

社会の敵として祭り上げます。

パンクは反社会的存在としてのイメージを植え付けられ、

パンクファッションやスタイルはロンドンの若者達の間で一大ムーブメントを巻き起こしました。


やがて不満をぶつけるだけのパンクバンドは単調さという壁に突き当たりますが、

クラッシュというバンドがジャマイカのレゲエという音楽の要素を取り入れ、

パンクの新しい流れを作り始めます。

当時のロンドンはジャマイカからの移民が増え始めていましたが、

経済の低迷によって職にあぶれた彼らは路上に吹き溜まりを成し、

社会への強い不満を持っていました。

そんな彼らの音楽レゲエとパンクは非常に相性が良く、すぐに結びつきます。


ちょうど世界的に成功していたレゲエミュージシャンのボブ・マーリーの影響もあり、

レゲエの波はニューヨークにも飛び火、アメリカのミュージシャン達も積極的にレゲエを取り入れ始めます。


そんな中、イギリスのメディアを敵に回し、

もはやイギリスでは演奏できなくなったセックス・ピストルズはアメリカでツアーを行います。

しかし、彼らの暴力的なイメージはアメリカの人々に受け入れられることはなく、

ステージでメンバーが観客と暴力沙汰を起こし、ツアー後には解散。


一方、レゲエを取り入れたブロンディはそれらにポップセンスを合わせ、

一般に受け入れられることに成功。

パンクは変化する事によって、ようやくアメリカにも浸透し始めるのでした。

感想

なんかセックス・ピストルズの扱いがひどいですね。

ほとんど当て馬扱いでした。

それ以外は分かりやすくて面白かったです。


個人的にはポリスの「ロクサーヌ」がちょっとだけ流れたのが嬉しかった。

あの曲はレゲエの影響を受けてたんですね。

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